井上ひさしは社会に対して積極的に行動し、発言しました。コラムやエッセイに書き、インタビューや講演で語ったことばの中から<今を考えるヒント>をご紹介します。

  2007年11月22日
社団法人自由人権協会(JCLU)創立60周年記念トークショー
聞き手:山田健太さん(JCLU事務局長)

「憲法」を熱く語ろう(1)

山田  日本国憲法が歩んできた60年の歴史、ちょうどそれは人権協会60年の歴史でもあるわけですが、この60年がどういう時代だったかを、まずお話しいただければと思います。

井上  憲法前文の前半「日本国民は」という主語のあとに、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」とあるのを読んだとき大変ショックでした。それまでは日本の国と自分というのは一体だと思い込んでいたわけです。ところが、戦争を起こす主体は政府であって、戦争というのは政府の行為である。その政府の行為を止めるのは主権を持つ国民以外だれもいない。小さいころに憲法ができて、憲法とともに育って大きくなって、もう三途の川をどう渡るかと思案するようなトシになって、一言で言いますと政府というのと国民は全く違うんだと。戦争を起こすのは必ず政府と行政府の官僚であり、そのツケを税金と命で払わされるのが国民であって、これをはっきり分けて、戦争をしたがる時の政府とその官僚たち、行政府の官僚たちと実は対立しているんだということが最近になって実によくわかってきたんですね。この60年間はそれをはっきり自覚する60年間だったと思います。

山田  井上さんはよく本の中でも「空気」が戦争に向かっていったんだという言い方をされています。

井上  あれほどの気が狂った戦争をするためには、国民も気が狂ってないとだめなんですよね。国民が冷めていてあんな戦争できるわけがありませんから。だから、そういう言葉にのらないように、いつも憲法に戻る、憲法は研ぎ石で、自分の感覚が鈍ったり言葉が鈍ったりするときにもう一度ここに戻る。「自分の運命は自分以外決められちゃ困る。オレの運命はオレが決めるんだ」っていうのが基本的人権でしょう。ひとの意見でなんで自分を全部託してしまうのか。これが不思議だし、これは人権問題ですね、逆に(笑)。

山田  しかしいま、その憲法を変えるための手続法が通りました。

井上  国民投票法は非常に憲法が変わりやすくつくられた法律だと、素人目から見てもそういうふうに見えます。まず、期間が非常に短い。僕の考えでは少なくとも1年ぐらいは主権者の国民が、憲法をこれから変えるのか変えないのかを考えたり議論したりする時間が必要だし、できたらその間に、争点はたった一つで、憲法を変えるか変えないかということを議論し総選挙をやってほしい。日本の憲法は自衛装置が非常に充実していまして、つまり硬性憲法といいましてなかなか改正できないようになっているんです。国会の3分の2、そして国民投票で有権者の半数以上というのはかなり高いハードルですが、それが国民投票法で柔らかい軟性憲法、変わりやすい憲法にしてしまったんですね。

山田  新聞とかテレビで憲法改正、改正って言ってると、言葉というのは使ってるうちにそれに束縛される。「改正」と言ってると、たぶんいいほうに変わるんだろうなんていうイメージになるので、どう言えばいいんだろうと記者の方からも聞かれました。

井上  我々文筆業の仕事はその一点に尽きますよね。つまり、成長とか発展とか国際化とか民営化とか、ポンと出された言葉に全て、新しいいいこと、素晴らしいことというふうに考えながら受け止めるわけですよね。これが非常に危険だと。僕は昔から机の前の壁に「ツルツル言葉をやめよう」と自分に言い聞かせるために貼ってあるんです。「ツルツル言葉」というのは、意味が確定してないのに、あるいは使われすぎてほとんど意味が磨滅しているのにその言葉を使ってしまうということ、これはどんな言葉もそうだと思います。例えば「民営化」「小さな政府」、全部そうですね。内容はわからないんです。私たち、わかろうとしないし、何かよさそうだなあというふうにすぐ考えてそのとおり動いてしまう。

山田  9条のいう戦争放棄あるいは平和というものを、どういうふうにきちんと相手の人にも理解してもらえるか、あるいは伝えていけばいいのでしょうか。

井上  憲法に書いてありますよ、これからどう生きていくかってこと。つまり、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてある国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」というのは、もうこれで平和を求めている。それから、心の狭さとか圧迫とか専制、それから奴隷のように服従する、そういうことから抜け出そうとしている国際社会で名誉ある位置を占めようと思っている。
永久平和というのはアメリカから教わったわけでも何でもない。西洋ではサン・ピエールという人とか、それから引き継いだルソーとかカントとか、いろんな人たちが永久平和、それで世界政府みたいなことをずっと考えてきました。日本も、幕末の横井小楠という越前藩の政治顧問、この人は万国政府というのを考えていますし、植木枝盛とか中江兆民とか、みんなゆくゆくは国家主権というのをもっと上のところへ共同で、国家が国際連合のように連合して、その連合したところへみんなで国家の主権を預けると。武力を放棄し戦争も放棄するということはアメリカから押しつけられたわけでも何でもなくて、日本にもしっかりありましたし、西洋にももちろんありました。その流れを受け継いでいるだけです。
(つづく)

JCLUNewsletter「人権新聞」改題通巻第365号
2008年2月号に掲載

    

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 NEW!
 戯曲雑誌「せりふの時代」2000年春号掲載
日本語は「文化」か、「実用」か?
『話し言葉の日本語』(新潮文庫)より抜粋


 1991年11月「中央公論」掲載
魯迅の講義ノート
『シャンハイムーン』谷崎賞受賞のことばより抜粋


 2001年8月9日 朝日新聞掲載
首相の靖国参拝問題
『井上ひさしコレクション』日本の巻(岩波書店)に収録


 1975年4月執筆
悪態技術
『井上ひさしベスト・エッセイ」(ちくま文庫)に収録


 講演 2003年5月24日「吉野作造を読み返す」より
憲法は「押しつけ」でない
『この人から受け継ぐもの』(岩波現代文庫)に収録


 2003年談話
政治に関心をもつこと
『井上ひさしと考える日本の農業』山下惣一編(家の光協会)
「フツーの人たちが問題意識をもたないと、行政も政治家も動かない」より抜粋


 2003年執筆
怯える前に相手を知ろう
『井上ひさしの読書眼鏡』(中公文庫)に収録


 1974年執筆
謹賀新年
『巷談辞典』(河出文庫)に収録


 2008年
あっという間の出来事
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2008年
わたしの読書生活
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2001年
生きる希望が「なにを書くか」の原点
対談集「話し言葉の日本語」より


 2006年10月12日
日中文学交流公開シンポジウム「文学と映画」より
創作の秘儀―見えないものを見る


 「鬼と仏」2002年執筆
講談社文庫『ふふふ』に収録


 2006年5月3日 <憲法制定60年>
「この日、集合」(紀伊國屋ホール)
“東京裁判と日本人の戦争責任”について(1)~(5)


 「核武装の主張」1999年執筆
中公文庫『にほん語観察ノート』に収録


 「ウソのおきて」1999年執筆
中公文庫『にほん語観察ノート』に収録


  2007年11月22日
社団法人自由人権協会(JCLU)創立60周年記念トークショー
「憲法」を熱く語ろう(1)~(2)


 「四月馬鹿」2002年執筆
講談社文庫『ふふふ』に収録


 「かならず失敗する秘訣六カ条」2005年執筆
文藝春秋『「井上ひさしから、娘へ」57通の往復書簡』
(共著:井上綾)に収録


 「情報隠し」2006年執筆
講談社文庫『ふふふふ』に収録


 2008年3月30日 朝日新聞掲載
新聞と戦争 ―― メディアの果たす役割は
深みのある歴史分析こそ


 2007年5月5日 山形新聞掲載
憲法60年に思う 自信持ち世界へ発信