井上ひさしは社会に対して積極的に行動し、発言しました。コラムやエッセイに書き、インタビューや講演で語ったことばの中から<今を考えるヒント>をご紹介します。

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  1998年5月18日  『報知新聞』 現代に生きる3

政治とはなにか

  困った国になりました。
  政治家諸公のやることといったら先送りの連続。くわえて、何があっても蛙(かえる)の面に小便でけろっとしている霞が関の官僚諸君。その上、自分たちの落度を「公的資金」(じつは税金)で尻拭(ぬぐ)いをさせようと企(たくら)む銀行界のお偉方たち。
  マスコミがこれらの困った連中にぴしっと釘(くぎ)を刺すかといえば、サッカーやプロ野球にうつつを抜かし、芸のないタレントたちによる内輪の学芸会や身体障害者を主人公に据えた底の浅いドラマでお茶をにごしてばかりいて、政治の根本問題を掘り下げようとはしない。政治を扱うことがあっても、百年一日の如(ごと)く「政局もの」ばかり、だれが天下を取るかという人気予想に明け暮れています。
  では、この国の主権者であるわたしたち国民はどうかといえば、わたしもその一員でありますが、これもまた百年一日の如く、泣く子と地頭には勝てずお上の御無理ごもっとも式で日を送っている。こうしてなにもかも表面的に過ぎて行き、事態は悪い方悪い方へと滑って行く一方です。
  百年以上も前に、チェーホフは、「……この希望のなさ、思想のなさ、魂のなさ。ああ、なんとこのロシアは悲惨なのだろう!」と嘆き、「この悲惨さから抜け出すためには、一人一人が賢くならなければならない。となると、民衆教育がこの国の急務だ」とも考えついて、自費で小学校を三つもつくりましたが、このチェーホフの嘆きは、そのままわたしたちの嘆きでもあります。
  もっとも、嘆いてばかりいて仕方がありませんので、少し考えてみましょう。
  ご承知のように、わたしたちの国日本は、「複数政党による議会民主主義」というやり方で政治を行っています。けれども、これは当たり前の話ですが、
  「この制度を採用する」
  と宣言したとたん、それで制度が根づいたことにはなりません。それは、「これから毎朝、歯を磨きます」と宣言したとたん、歯が白くなるわけではないのと同じことで、毎日、毎日、複数政党による議会民主主義を実行しなければ、この制度が根づくことはありえない。そこで当然、わたしたちは常に議会を注視していなければならないわけですが、それにしても、いったい政治とはなんでしょうか。いろいろとむずかしい議論があるはずですが、うんと砕いて云(い)うとこうなるでしょう。
  「政治とは、国民の税金と、国民の財産を、どのように再分配するか。それを国民の代理人である議員に決めさせること」
  ここにA氏という一国民がいて、税金や国有財産を、もっと教育や農漁業や社会福祉に再分配してもらいたいと願っている。
  隣のB氏は、そんなことよりも国防の方がもっと大事だから、そっちへ税金や国有財産を再分配してもらいたいと考えている。
  「おたがいにちがうんだ」が世の中の基本ですから、A氏の考えもB氏の考えも、ともに妥当です。しかし、このままでは税金や国有財産をどう再分配するか決められませんから、ここにまとめ役の政党が必要になってきます。
  政党は、まとめる目安として、それぞれ公約を掲げています。公約とは、
  「わたしたちは、あなた方の税金と国有財産を、これこれしかじかの方法で再分配いたします。この方法に賛成の国民は、わたしたちに代行を任せてください」
  という誓約です。
  そこでA氏とB氏はそれぞれ、自分の考えにできるだけ近い公約を掲げている政党に、税金と国有財産の再分配を代行させようと決める。これが選挙ですね。
  こうしてみると、選挙で人を選ぶのはまちがいだということが分かります。「あの候補者は、人間が立派だから、一票入れよう」はトンチンカンな考え方。選挙は人気投票でもなければ、人格者を選ぶコンクールでもない。これは、どの政党に税金と国有財産の再分配を任せるかを決める大事な仕事なんですね。
  近ごろ、無党派層がふえてきたといいます。「票を入れたい候補者がいないから棄権する」という人も多いそうですが、こういう態度もまちがいであることは、ここまで書いてきたことからも明らかでしょう。無党派層の人たちは、いまの日本が複数政党による議会民主主義で経営されているということが、よく分かっていないらしい。
  もう一つ、はっきりしているのは、政党に公約不履行は許されないということ。国民は、ただひたすら公約をたよりにまとめ役を選び、その政党に再分配を代行させるわけですから、これは当然のことです。
  市場で八百屋さんが「この大根はおいしいですし、安いですよ」と声をかけてきた(公約)。ちょうど大根が食べたいところだったので「それじゃ大根を下さい」と金を払う(投票)。ところが八百屋さんは「はい、どうぞ」と人参(にんじん)を渡してきた(公約違反)……こんなことをされたら、だれだって腹を立てるでしょうし、二度とその八百屋さんからものを買おうとしないでしょう。
  同じように、公約を破った政党は、その瞬間、政党ではなくなっているし政党でもない連中に税金と国有財産の再分配を代行させるわけには行きません。そこで日ごろから、政党が公約に忠実かどうかを監視する必要があるわけです。
  選挙のあとに、党籍を変える議員がいますが、そんなことをするやつはクズでゴミでカスです。ある公約を掲げたからこそ当選したはずなのに、けろっとして別の公約に乗り換えたのですから、ゴミ呼ばわりされても仕方がない。
  しかも、この手を使って、自民党はいつの間にか議会の過半数を制してしまった。選挙によって「自民党には過半数を取らせてはならない」という審判が下ったはず。それなのに選挙なしに過半数を取ってしまう。これなどはもう立派な犯罪です。
  この手の犯罪者まがいたちに税金と国有財産と運命を任せているわたしたち……いつまでわたしたちは馬鹿なふりをしたままでいるつもりなのでしょうか。

井上ひさし発掘エッセイ・セレクションⅡ
『この世の真実が見えてくる』収録



    

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 NEW!
 1998年5月18日 『報知新聞』 現代に生きる3
政治とはなにか
井上ひさし発掘エッセイ・セレクションⅡ
『この世の真実が見えてくる』に収録


 2004年6月
「記憶せよ、抗議せよ、そして生き延びよ」小森陽一対談集
(シネ・フロント社)より抜粋


 1964〜1969年放送
NHK人形劇『ひょっこりひょうたん島』より
『ドン・ガバチョの未来を信ずる歌』


 2001年11月17日 第十四回生活者大学校講座
「フツー人の誇りと責任」より抜粋
『あてになる国のつくり方』(光文社文庫)に収録


 2007年執筆
いちばん偉いのはどれか
『ふふふふ』(講談社文庫)、
『井上ひさしの憲法指南』(岩波現代文庫)に収録


 2009年執筆
権力の資源
「九条の会」呼びかけ人による憲法ゼミナール より抜粋
井上ひさし発掘エッセイ・セレクション「社会とことば」収録


 1996年
本と精神分析
「子供を本好きにするには」の巻 より抜粋
『本の運命』(文春文庫)に収録


 2007年執筆
政治家の要件
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2001年執筆
世界の真実、この一冊に
『井上ひさしの読書眼鏡』(中公文庫)に収録


 戯曲雑誌「せりふの時代」2000年春号掲載
日本語は「文化」か、「実用」か?
『話し言葉の日本語』(新潮文庫)より抜粋


 1991年11月「中央公論」掲載
魯迅の講義ノート
『シャンハイムーン』谷崎賞受賞のことばより抜粋


 2001年8月9日 朝日新聞掲載
首相の靖国参拝問題
『井上ひさしコレクション』日本の巻(岩波書店)に収録


 1975年4月執筆
悪態技術
『井上ひさしベスト・エッセイ」(ちくま文庫)に収録


 講演 2003年5月24日「吉野作造を読み返す」より
憲法は「押しつけ」でない
『この人から受け継ぐもの』(岩波現代文庫)に収録


 2003年談話
政治に関心をもつこと
『井上ひさしと考える日本の農業』山下惣一編(家の光協会)
「フツーの人たちが問題意識をもたないと、行政も政治家も動かない」より抜粋


 2003年執筆
怯える前に相手を知ろう
『井上ひさしの読書眼鏡』(中公文庫)に収録


 1974年執筆
謹賀新年
『巷談辞典』(河出文庫)に収録


 2008年
あっという間の出来事
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2008年
わたしの読書生活
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2001年
生きる希望が「なにを書くか」の原点
対談集「話し言葉の日本語」より


 2006年10月12日
日中文学交流公開シンポジウム「文学と映画」より
創作の秘儀―見えないものを見る


 「鬼と仏」2002年執筆
講談社文庫『ふふふ』に収録


 2006年5月3日 <憲法制定60年>
「この日、集合」(紀伊國屋ホール)
“東京裁判と日本人の戦争責任”について(1)~(5)


 「核武装の主張」1999年執筆
中公文庫『にほん語観察ノート』に収録


 「ウソのおきて」1999年執筆
中公文庫『にほん語観察ノート』に収録


  2007年11月22日
社団法人自由人権協会(JCLU)創立60周年記念トークショー
「憲法」を熱く語ろう(1)~(2)


 「四月馬鹿」2002年執筆
講談社文庫『ふふふ』に収録


 「かならず失敗する秘訣六カ条」2005年執筆
文藝春秋『「井上ひさしから、娘へ」57通の往復書簡』
(共著:井上綾)に収録


 「情報隠し」2006年執筆
講談社文庫『ふふふふ』に収録


 2008年3月30日 朝日新聞掲載
新聞と戦争 ―― メディアの果たす役割は
深みのある歴史分析こそ


 2007年5月5日 山形新聞掲載
憲法60年に思う 自信持ち世界へ発信