1934年11月16日、山形県東置賜郡小松町(現・川西町)に、父修吉、母マスの次男として生まれる。
本名は廈。五歳のときに父が病没。亡父の蔵書を読みながら育つ。特に坪内逍遥訳の「シェークスピヤ全集」と「近代劇全集」を愛読。
仙台第一高校時代には、映画と野球に熱中した。受洗。

1953年、上智大学文学部ドイツ文学科入学。夏休みに母の住む釜石に帰省して休学。国立釜石療養所の公務員などを務めつつ二年余りを過ごした後、外国語学部フランス語学科に復学。浅草のストリップ劇場フランス座の文芸部兼進行係となり、台本も書きはじめる。
戯曲『うかうか三十、ちょろちょろ四十』が芸術祭脚本奨励賞を受賞。放送作家をしながら、大学を卒業。

1964年、NHKの連続人形劇『ひょっこりひょうたん島』の台本を執筆(共作)。その後、五年間におよぶ。「泣くのはいやだ笑っちゃおう」というテーマ曲とともにミュージカル形式の番組は多くの人々に愛された。

1969年、劇団テアトル・エコーに書き下ろした『日本人のへそ』で演劇界デビュー。

1970年、長編書き下ろし『ブンとフン』で小説家デビュー。

1972年、江戸の戯作者群像を描いた『手鎖心中』で直木賞、『道元の冒険』で岸田戯曲賞ほかを受賞。以降、戯曲、小説、エッセイ、批評など多才な活動を続ける。
戯曲は、文学座、五月舎、しゃぼん玉座、地人会、松竹などに書き下ろす。『藪原検校』『雨』『小林一茶』『化粧』ほか、この時期の作品は今も再演され続けている。文章読本『私家版日本語文法』や東北の一寒村が独立する物語『吉里吉里人』はベストセラーになった。

1984年、こまつ座を旗揚げ。旗揚げ公演の『頭痛肩こり樋口一葉』から以降、2009年の『組曲虐殺』まで、こまつ座のために共催を含めて25作品を執筆。

1987年、蔵書を生まれ故郷の川西町に寄贈して図書館「遅筆堂文庫」が開館。以後、校長として生活者大学校を開校してきた。1994年には遅筆堂文庫と劇場が一体になった「川西町フレンドリープラザ」が開館する。その後も続いた寄贈により、資料とあわせた蔵書は現在22万点を超える。

1997年、新国立劇場の柿落としに『紙屋町さくらホテル』を執筆。以後、「東京裁判三部作」他を書き下ろした。

戯曲『父と暮せば』『ムサシ』『化粧』『藪原検校』などは海外公演でも高い評価を得ており、『父と暮せば』は、英語、ドイツ語、イタリア語、中国語、ロシア語、フランス語で対訳本が刊行されている。国鉄民営化、コメ問題、平和と憲法についてなど、社会的な発言も多く、『井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法』『ボローニャ紀行』など作品も幅広い分野におよんでいる。「九条の会」呼びかけ人、日本ペンクラブ会長、仙台文学館館長、また多くの文学賞の選考委員を務めた。

2010年4月9日、75歳で死去。

1958年 第13回芸術祭賞脚本奨励賞(「うかうか三十、ちょろちょろ四十」)
1966年 第4回テレビ記者会奨励賞(「ひょっこりひょうたん島」)
1969年 第9回日本放送作家協会賞最優秀番組賞(「ひょっこりひょうたん島」)
1970年 第12回日本レコード大賞童謡賞(「ムーミンのテーマ」)
1971年 第6回斎田喬戯曲賞(「十一ぴきのネコ」)
1972年 第17回岸田戯曲賞、第22回芸術選奨文部大臣新人賞(ともに「道元の冒険」)
第67回直木賞(「手鎖心中」)
1979年 第14回紀伊國屋演劇賞個人賞(「しみじみ日本・乃木大将」「小林一茶」)
1980年 第31回讀賣文学賞・戯曲部門(「しみじみ日本・乃木大将」「小林一茶」)
1981年 第2回日本SF大賞(「吉里吉里人」)
1982年 第33回讀賣文学賞・小説部門(「吉里吉里人」)
1986年 第20回吉川英治文学賞(「腹鼓記」「不忠臣蔵」)
1988年 第15回テアトロ演劇賞(昭和庶民伝三部作の完結)
1991年 第27回谷崎潤一郎賞(「シャンハイムーン」)
1998年 第9回農民文化賞
1999年 第9回イーハトーブ賞。第47回菊池寛賞(「東京セブンローズ」の完成など)
2001年 第71回朝日賞(知的かつ民衆的な現代史を総合する創作活動)。第3回織部賞
2003年 第44回毎日芸術賞(「太鼓たたいて笛ふいて」をはじめとする劇作活動)。
第6回鶴屋南北戯曲賞(「太鼓たたいて笛ふいて」)
2004年 平成16年度文化功労者に選ばれる。
2009年 第60回日本放送協会放送文化賞(放送文化の向上に功績)。
第65回恩賜賞日本芸術院賞 (小説・戯曲を中心とする広い領域における長年の業績)。
日本芸術院会員に選ばれる。
2010年 第17回読売演劇大賞芸術栄誉賞(長年の業績)。山形県県民栄誉賞。
2012年 イタリア/シローロ市 フランコ・エンリケス国際演劇研究センター エンリケス賞2012
(『父と暮せば』の劇作に対して)