井上ひさしは社会に対して積極的に行動し、発言しました。コラムやエッセイに書き、インタビューや講演で語ったことばの中から<今を考えるヒント>をご紹介します。

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  2001年執筆

世界の真実、この一冊に

  ごく(まれ)に、「この一冊の中に、この世のあらゆる苦しみと悲しみ、そして喜びが 込められている、ひっくるめて、世界の真実のすべてがここにある」と、深く感銘をうけ、思わず拝みたくなるような書物に出会うことがあります。中村哲さんの 『医者 井戸を掘る』(石風社)は、まちがいなく、その稀な一冊でした。
  中村さんは一九四六年、福岡市の生まれ、ここ十八年間、パキスタン北西の辺境州の州都ペシャワール市を拠点に、ハンセン病とアフガン難民の診療に心身を(ささ)げている医師で、略歴にはこうあります。
  <パキスタン側に一病院、二診療所、アフガン国内に八診療所を持ち、年間二〇万人を診療するNGOペシャワール会の現地代表>
  この中村さんが日本の青年たちや現地七百の人たちと、アフガニスタンに、千本の井戸を掘ることになったのは、昨年夏にユーラシア大陸中央部を襲った史上空前の大旱魃(だいかんばつ)のせいでした。その被害はアフガニスタンにおいてもっともひどく、<千二百万人が被害を受け、四百万人が飢餓に直面、餓死寸前の者百万人と見積もられた(WHO、二〇〇〇年六月報告)>
  幼い子どもたちの命が赤痢の大流行で事業をするのは、あながち掛け離れた仕事ではない……>
  こうして中村さんは、もちろん診療行次々に奪われて行くのを診療所で目撃した 中村さんは、その原因が旱魃による飲料水の不足によることを突き止め、こう決心します。
  <医師である自分が「命の水」を得る事業をするのは、あながち掛け離れた仕事ではない……>
  こうして中村さんは、もちろん診療行為をつづけながらですが、有志と力を合わせて、必死に井戸を掘りはじめる。これはその一年間の苦闘の記録です。
  すぐれた書物はかならず、巧まずして読み手の心を開かせるユーモアを内蔵しているものですが、ここにもたくさんの愉快なエピソードがちりばめられています。たとえば井戸を掘る道具がそう。五十米、六十米と掘り進むうちに、牛ほどもある巨石にぶつかる。これを取り除くために、石に穴を穿(うが)ち、そこに火薬を詰めて爆破しなければならないが、現地人担当者は、なんと内戦中、ソ連軍を相手に活躍した ゲリラの指揮者の一人で、
  <従って、爆発物の取り扱いには慣れていて、大いに活躍した。埋設地雷やロケット砲の不発弾に上手に穴をあけて火薬をかき出す。その入手経路は彼が引き受けて調達した。同じ爆破でも、相手が人間の殺傷でなく、逆に(人間を……引用者注) 生かす仕事であったから、生き生きと働いた。>
  また、石に穴を穿つ道具は、なまなかのノミではすぐ使えなくなってしまう。そこで、
  <ノミは(ソ連軍が遺棄して行った……引用者注)戦車のキャタピラの鉄を使い、 強靱(きょうじん)で磨耗が少なくなった。地雷や戦車もこうして「平和利用」となり、あの戦乱を知る者は多少溜飲(りゅういん)を下げた。>
  中村さんたちの得た報酬はなにか。現地の作業員が一人、亡くなったことがある。滑車で跳ね飛ばされて、井戸の底に墜落してしまったのだ。お悔やみに出かけた中村さんたちに、作業員の父親が云う。
  <「こんなところに自ら入って助けてくれる外国人はいませんでした。息子はあなたたちと共に働き、村を救う仕事で死んだのですから本望です。全てはアッラーの御心です。……この村には、大昔から井戸がなかったのです。皆汚い川の水を飲み、 わずかな小川だけが命綱でした。……その小川が()れたとき、あなたたちが現れたのです。しかも(その井戸が……引用者注)一つ二つでなく八つも……。人も家畜も助かりました。これは神の奇跡です。」>
  こういう言葉を報酬として、そしてそれに励まされながら、中村さんたちは井戸を掘りつづける。読み進むうちに、わたしはひとりでに、アフガニスタン全土に井戸のポンプが立ち並ぶ日のくることを祈っていました。この無償の行為が天に届かぬはずはない。

(二〇〇一年十月二十八日)

『井上ひさしの読書眼鏡』(中公文庫)に収録

    

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 NEW!
 1996年
本と精神分析
「子供を本好きにするには」の巻 より抜粋
『本の運命』(文春文庫)に収録


 2007年執筆
政治家の要件
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2001年執筆
世界の真実、この一冊に
『井上ひさしの読書眼鏡』(中公文庫)に収録


 戯曲雑誌「せりふの時代」2000年春号掲載
日本語は「文化」か、「実用」か?
『話し言葉の日本語』(新潮文庫)より抜粋


 1991年11月「中央公論」掲載
魯迅の講義ノート
『シャンハイムーン』谷崎賞受賞のことばより抜粋


 2001年8月9日 朝日新聞掲載
首相の靖国参拝問題
『井上ひさしコレクション』日本の巻(岩波書店)に収録


 1975年4月執筆
悪態技術
『井上ひさしベスト・エッセイ」(ちくま文庫)に収録


 講演 2003年5月24日「吉野作造を読み返す」より
憲法は「押しつけ」でない
『この人から受け継ぐもの』(岩波現代文庫)に収録


 2003年談話
政治に関心をもつこと
『井上ひさしと考える日本の農業』山下惣一編(家の光協会)
「フツーの人たちが問題意識をもたないと、行政も政治家も動かない」より抜粋


 2003年執筆
怯える前に相手を知ろう
『井上ひさしの読書眼鏡』(中公文庫)に収録


 1974年執筆
謹賀新年
『巷談辞典』(河出文庫)に収録


 2008年
あっという間の出来事
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2008年
わたしの読書生活
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2001年
生きる希望が「なにを書くか」の原点
対談集「話し言葉の日本語」より


 2006年10月12日
日中文学交流公開シンポジウム「文学と映画」より
創作の秘儀―見えないものを見る


 「鬼と仏」2002年執筆
講談社文庫『ふふふ』に収録


 2006年5月3日 <憲法制定60年>
「この日、集合」(紀伊國屋ホール)
“東京裁判と日本人の戦争責任”について(1)~(5)


 「核武装の主張」1999年執筆
中公文庫『にほん語観察ノート』に収録


 「ウソのおきて」1999年執筆
中公文庫『にほん語観察ノート』に収録


  2007年11月22日
社団法人自由人権協会(JCLU)創立60周年記念トークショー
「憲法」を熱く語ろう(1)~(2)


 「四月馬鹿」2002年執筆
講談社文庫『ふふふ』に収録


 「かならず失敗する秘訣六カ条」2005年執筆
文藝春秋『「井上ひさしから、娘へ」57通の往復書簡』
(共著:井上綾)に収録


 「情報隠し」2006年執筆
講談社文庫『ふふふふ』に収録


 2008年3月30日 朝日新聞掲載
新聞と戦争 ―― メディアの果たす役割は
深みのある歴史分析こそ


 2007年5月5日 山形新聞掲載
憲法60年に思う 自信持ち世界へ発信